trialog vol.1 感想|制作記録#5


2018/06/05に行われたtrialog vol.1の感想です。君がレポを求めてるならその要素はほとんどないし、ネットで観れるから実際に見てきた方が良い。

trialogは座談会みたいなもので、普段あまり接点のない各方面のプロが対話する様子を聴講できるイベントです。
trialog vol.1では「ゲームとアニメーション」を軸に対話が展開され、特SESSION 1「そしてゲームは融けてゆく」が最も刺激的でした。この記事はそこだけのレポです。


SESSION 1「そしてゲームは融けてゆく」
ジャンルを超えて多くのクリエイターが今「ゲーム」に注目している。なぜ「ゲーム」なのか。アニメーション作家でありゲームクリエイターの鬼才デイヴィッド・オライリーをゲストに、水口哲也、若林恵の三者対話によりその理由に迫る。



なぜゲームなのか?

デヴィッド・オライリーによると、ストーリーやキャラ、世界観といった要素を提示する時、小説のように文章で表現されたものは具体的すぎるために受け手の想像力を刺激しない。一方、アニメーションは文章をほとんど使えない制限によって、例えばキャラの仕草を抽象的表現できる。
特にゲームというメディアは、受け手がコントロールするかしないかによって一方的に情報を与える具体的さと想像力を刺激する抽象さの2つを併せ持つ。これはニュアンスを伝えやすいということでもある。


感想

小説とアニメーションの融合

この話の中で最も刺激的なのは、ゲームというメディアの特性を小説とアニメーション(映画)の融合であると説いていることだ。

ストーリーがなくても私たちは断片から想像する。例えば『東方project』や『艦隊これくしょん』みたいに。この2つのゲームは大きなストーリーを背景に持ちながら、しかしそれはキャラクター同士のやり取りでしかゲーム内で提示されない特徴を持っている。そしてこの特徴はゲームでしか表現できない手法だった。


世界観に没入させる最高の方法

次に刺激的なのは、世界観の断片を見るか見ないかについて受け手に委ねることができる、という話。そして多くの人はパンくずを拾うみたいに自ら断片を集めていく。受け手を世界観に没入させる最高の方法の1つだ。たしかに『ゼルダの伝説 breath of wild』でもウツシエを集めるかどうかはプレイヤーに委ねられ、ウツシエを集めることでハイラルは広がっていく。魔獣ガノンを倒さなければと奮起させるほど共感していく過程は、リンクの心情とシンクロしていたんじゃないかとさえ思う。

こうした断片の提示はアナログゲームには不利に思えるかもしれないが、『タイムストーリーズ』というゲームではまさに断片集めをゲームにした作品だった。


TCGでは、フレーバーによって世界観を断片的に表現する

また、『Magic;the gathering』や『デュエル・マスターズ』といったTCGでは、フレーバーによって世界観を断片的に表現する。これは世界観を知りたいからゲームを遊ぶという欲求とは別のレイヤーに置かれた表現だと思う。

ただ、『デュエル・マスターズ』の初期はコロコロコミック内での世界観の示し方が妙に上手くて、何度もDM世界の地図を読み込んだものだ。闇文明のクリーチャー同士の力関係とか火文明と水文明のコミカルな対決とか、カード集めはそういうところを楽しんでいた。要するに全部のカードを1枚ずつ集めてファイルにまとめてたのだ。2枚持ってるレアカードはおもちゃ屋の大会で知り合った友達(隣町の小学生や地元の高校生だったりした)に交渉して、別のレアカードと交換したり、発売元のタカラトミーや宣伝役のコロコロからすれば私は理想的な小学生だったと思う。


ゲームを遊ぶ時、ネットで調べる人は自分をつまらない人間にする

実はセツナTCGをLCGにした時、まず削ぎ落としたのはこの楽しみ方をできる部分だ。なぜならネットの普及でフレーバーをすぐに見れるようにしてしまったから。中学生の頃にDMwikiを見つけてDMをやめた。

仮にセツナもフレーバーを隠したところで、お節介なプレイヤーによってカード集めの楽しみは台無しにされてしまうだろう。ほかのゲームでもそうだが、ゲームを遊ぶ時、(どうしても攻略できない場合を除いて)ネットで調べる人は自分をつまらない人間にするからネットで調べるのはやめた方がいい。


作り手はズルを阻止することができない

ゲームはそのメディアの性質上、プレイヤーがズルをすれば一気につまらなくなってしまう。作り手はズルを阻止することができない。小説やアニメーションと違って作り手と受け手という制約を飛び越えるのがゲームだからだ。

デジタルゲームならアップデートによってある程度は対処できるが、アナログゲームは一度世に出たらプレイヤーのズルに対して無防備になる。

シャドウバースはTCGの悪いところを詰め込んだみたいにネットに上がったサイクル最強デッキばかりがレート戦に出てくるのだが、つい最近トーナメント戦で優勝したデッキ群をゲーム内で紹介したので、運営もネットの情報前提でゲームを遊ぶことを想定して動くようにしたのだろう。この開き直りに私は賛成だ。もう初心者に遠慮せずリノエルフも超越ウィッチも使える。わからん殺しはされる方が悪いのだ。

セツナLCGは、プレイヤーのズルに対して無防備になるならTCGである必要がないのでLCGになったし、レギオンレートシステムがうまくいけば初心者と経験者の間に生まれる経験値の差を埋めることができるかもしれない。

もしもセツナLCGが失敗に終わっても、この実験データはweb上に公開していくので今後のゲーム作りに役立ててもらえれば幸いだ。

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